創作物における「世界」の品質について考える

ソフトウェアテスト #2 Advent Calendar 2018 - Qiita 最終日(25日目)の記事です。メリークリスマス!!!*1

qiita.com

前日は @miwa719 さんによる「違和感のつかまえかた - CAT GETTING OUT OF A BAG」でした。意識しにくい違和感との向き合い方をまとめた内容で、すごく勉強になる内容でした。

miwa719.hatenablog.com

はじめに

「世界観」という言葉に皆さんはどのような印象を持つでしょうか。例えば「良いゲームや映画には良い世界観がある」といわれて大体の方は納得すると予想します。しかし「世界観って何なのか」を具体的に答えられる人は少ないのではないでしょうか。本記事では、創作物においてなんとなくわかった気になっている「世界」について整理します。また、創作物における「世界」の品質について私の考えをまとめたいと思います。

なお、本記事は「世界」の品質について、個人の感覚をまとめたものです。いわゆる「技術ポエム」に相当する内容です。ご理解の上、お読みください。

「世界」という単語の本記事での扱いについて

本記事における「世界」は「すべての有限な事物や事象の全体」の意で使用します。よく「地球上の全ての国」の意で使われますが、今回はそれではありません。類義語として「環境」が近い印象です。また「世界設定」も近いと思います。

問いかけ:「世界」はどんな創作物に出てくるか

私の認識ですが、実情として「世界」について語られる分野と「世界」が語られない分野があるように感じます。

「世界」が語られる分野で、すぐに思い当たるのは「芸術・ホビー」分野です。「ゲーム」とか「SF作品」について、「世界」が語られることについて違和感を感じる人は少ないと思います。

対して「世界」が語られない分野として、ざっくりですが「業務系」分野が挙げられると思います。「この業務システムの世界観としましては~」とか言われたとしても、少なくとも私は耳馴染みがないと感じます。

慣習的に出てきやすい/出てきにくい、はありそうです。では「世界」が出てくる/出てこないの境目は明瞭でしょうか。例えば、以下のような例の場合、「世界」は出てくるでしょうか。「世界」はフィクションが関係する分野ではよく語られますが、少なくとも私の感覚ではフィクションじゃなくても「世界」が出てきそうです。

  • ノンフィクションドラマ
  • GUIにマスコットキャラクターが登場する業務システム

本記事における「世界」が出てくる対象物

本記事における「世界」は「創り手がいて、受け手がいるもの全て」に存在するものとします。つまり、ゲームや映画などのフィクション作品だけでなく、例えば、我々が日常的に触れる「料理」や「報告書」などにも「世界」があるものとします。

、、、そろそろ「世界」という言葉がゲシュタルト崩壊してきそうですね。

世界

創作物における「世界」は以下で構築されるものとします。

  • 複数の「規則」の集まり
  • 「規則」の「整合性」が保たれている状態

創作物における「世界」の有無は「規則」の有無だと私は考えています。そのため、「芸術・ホビー」分野に限らず「業務系」分野だったとしても、「創り手がいて、受け手がいるもの」であれば「世界」を考えた方が良いと考えています。

規則

「規則」とは「それに基づいて行為、手続き、操作が行われるように定めた規律、きまり、掟」です。本記事では自然現象なども含んで「規則」とします。ゲームであれば魔法のように、現実とは異なる規則が多く存在します。また、報告書であれば「です・ます」や「だ・である」文体などの規則が存在します。「世界」と言っていますが、大げさなものではない、と考えています。

整合性

「整合性」とは「無矛盾性」と同義で「ある公理系において、どの論理式についても、それとその否定とが同時には証明できないこと」が正確な意味となります。が、難しいので単純に「規則に矛盾がないこと」と考えていただければ十分だと思います。「一貫性」と言い換えてもいいかもしれません。創作物の中には多数の「規則」が出てきますが、それらが受け手にとって「矛盾の無い状態」が維持できていることを指します。

「世界」の品質

「世界」の品質を考える上で、3つの観点から分析します。

  • 観点1:「世界」の内側の話:「世界」がどういうものか
  • 観点2:「世界」から外側への話:「世界」をどう表現するか
  • 観点3:外側から「世界」への話:「世界」がどう受け取られるか

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観点1:「世界」の内側の話:「世界」がどういうものか

「整合性」が保たれていることに着目します。

「整合性」が保たれていないことは、「規則」に矛盾が生じている状態を表します。例えば、小説において同一人物の発言で「~だぜ」と「~です」が混在したり、システムにおいて同一のものを指している言葉が複数存在する場合(表記ゆれ)が挙げられます。矛盾を補う「規則」が存在すれば問題がないことが多いです。例えば、目上の人には「~です」を使うが、気の置ける間柄では「~だぜ」を使う、などです。

では、「整合性」が保たれていることの利点は何でしょうか。「整合性」が保たれていることによって、大きく以下の利点が挙げられると考えます。

  1. 受け手にとって、創作物を理解するための負担が少ない
  2. 「規則」から外れたものに気付きやすくなる

1は「規則」のSN比*2が大きくなることにより、受け手の創作物を理解する負担が小さくなることを指します。「整合性」が保たれていない場合、「規則」の矛盾に対して受け手の理解が割かれます。「整合性」が保たれていた場合、創作物の本質に対して受け手は理解を集中できるようになります。

2は「整合性」が保たれた状態で、新たに「規則」から外れたものが出てきたとき、創り手/受け手が気付きやすくなることを指します。通信工学の言葉を用いると「誤り検出」が機能しやすくなります。「整合性」を保つことが、「誤り検出」を容易にして「整合性」を保ち続けることに繋がります。ただし、「割れ窓理論」のように、「整合性」が保たれていない状態になると、創作物における「規則」が分からなくなるため「誤り検出」が機能しなくなります。

以下のグラフは赤がノイズの少ない点群であり「整合性」が保たれた状態のイメージです。青がノイズの多い点群であり「整合性」が保たれていない状態のイメージです。この中に緑の点が入ったときに気付きやすいのはどちらでしょうか。赤点群の方が緑点に気付きやすいと思います。普段から「整合性」を保ち続けることによって、「誤り検出」が効果を発揮すると考えます。

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観点2:「世界」から外側への話:「世界」をどう表現するか

創り手がどの「規則」を受け手に伝えるか、に着目します。

創作物の「世界」があったとして、それらをすべて余すことなく受け手に伝えられるとは限りません。受け手が理解できる「規則」が限られている以上、創り手は「規則」を選別した上で表現しています。表現全般にいえますが、表現が伝わるかどうかについて、創り手と受け手に以下のような関係があると考えています。

  1. 創り手が伝えようとして、受け手に伝わる
  2. 創り手が伝えようとして、受け手に伝わらない
  3. 創り手が伝えようとせず、受け手に伝わる
  4. 創り手が伝えようとせず、受け手に伝わらない

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1は明示的に伝わる状態を指します。表現したものが伝わる理想的な状態です。

2は暗黙的に伝えていない状態を指します。創り手の意図が相手に伝わらない悲しい状態*3です。

4は明示的に伝えていない状態を指します。受け手に余計な「規則」を伝えずに創作物の本質を理解してもらう為に、1と同様に理想的な状態といえます。

3は暗黙的に伝わっている状態を指します。これが創り手にとって大いに厄介な状態だと考えます。伝えるつもりのない「規則」が受け手に伝わった場合、多くの場合、創作物においてノイズになります。例えば、プレゼンテーション*4において話者がスライドの方ばかり見て聴衆を向いていない場合、話者の内容に対する自信の無さから、受け手がプレゼンテーション全体の信憑性を低く見積もるかもしれません。

良い「世界」を創るためには、1,4を増やし、2,3を減らすことが望ましいです。特に3を減らすためには、受け手に何が伝わっているのかを創り手は自覚する必要があります。自分の立つ舞台を客席から見て、どう感じるかを理解することが重要だと感じます。

観点3:外側から「世界」への話:「世界」がどう受け取られるか

創り手の「世界」を受け手がどう受け取るか、に着目します。

「世界」の品質を語る上で、受け手の存在を無視することはできません。ワインバーグ氏は「品質は誰かにとっての価値である」という言葉を残しています。

仮に完璧な「世界」を創れたとして、それが受け手に伝わらなければ良い品質ではありません。例えば、作り込まれた異世界転生ものの小説があったとして、会話がすべて異世界*5であれば、受け手は「世界」を受け入れることを放棄するでしょう。

受け手が創作物の「世界」を受け入れるためには、受け手の「世界」との親和性が高い必要があります。噛み砕くと、創作物の「規則」と受け手の既存知識である「規則」の差分が小さいことを指します。受け手は既存知識に合わないことでも学習することができるため、差分があったとしても受け入れることができます。ただし、差分が大きく、学習コストが受け手の価値に見合わない場合、学習を放棄することも起こります。

魅力的な「世界」とは、受け手の既存知識との差分が大きいです。ただし、受け手が新たに受け入れられる差分には限界があります。そのため、魅せたい「規則」以外は差分を抑えることで、魅せたい「規則」を際立たせる必要があると考えます。受け手の「世界」を知り、どの「規則」を際立たせ、どの「規則」を受け手に合わせるのか*6を創り手は精査する必要があります。受け手を知ることが、高品質に繋がるのだと考えます。

下の図*7では、円形の穴に合う図形の候補として、とげの付いた円と円錐が挙げられています。ここでは、とげの付いた円は、とげの部分が邪魔をして円形の穴に合うことができません。円錐は底面部の円が円形の穴に合致します。魅力的であるために他の「世界」との差分を大きくしようと考えることは自然ですが、それは他の「世界」に適合することと共存すると思います。他の「世界」に合わせつつ、創作物の「世界」の魅力を際立たせることが望ましいと思います。

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高品質な「世界」を目指す

改めて、高品質な「世界」を目指す目的と手段を考えてみたいと思います。

良い「世界」は何が良いか

「整合性」が保たれた「世界」により、創り手が得られる利点は以下のものが挙げられると考えます。

  1. 伝えたいものが期待通りに伝わる
  2. 「規則」から外れたものに気付きやすくなる
  3. 創作物に対する没入感を高める

1,2については、観点1で述べた内容になります。「引っかかり」をなくすことで、受け手が創作物の理解に集中できるようになります。

3は受け手への直接的な価値へと繋がるものです。創作物に対して、受け手が「世界」に浸れる状態を指します。受け手が「世界」に浸ったとき、超集中状態*8に入る場合もあります。創作物に対して超集中状態に入れることは、受け手にとって代えがたい体験となります。その体験ができることは、創作物の魅力的な価値のひとつと言えるでしょう。

品質における「世界」の立ち位置

品質の特徴を記述した狩野モデルというものがあります。狩野モデルでは「魅力的品質」と「当たり前品質」がよく語られます。

本記事で紹介した「世界」は「当たり前品質」に該当すると考えます。「充足されていても当たり前と受け取られるが、不充足であれば不満を引き起こす品質要素」の意です。「規則」に矛盾が生じていると受け手は違和感を感じますが、「規則」に矛盾が無い時は気付かないと思います。

では、「世界」を創り込む価値は低いのか、というと、そうではないと考えます。「世界」を創りこむことでその創作物への没入感を高めることは「魅力的品質」だと思います。「魅力的品質」とは「充足されていれば満足を引き起こすが、不充足であっても仕方ないと受け取られる品質要素」の意です。

「当たり前品質」を徹底することで「魅力的品質」が生じる。「世界」を創ることは「凡を極めて非凡に至る」ことだと私は考えています。

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(出典:日本科学技術連盟 https://www.juse.or.jp/departmental/point02/08.html)

どうやって「世界」の品質を向上させるか

「世界」が重要だったとして、その品質を向上させることは中々イメージし難いものだと思います。例えば、優れた監督によって良い映像作品が創り出されることは多いですが、良い「世界」の構築には特殊なセンスを持った方しかできないのでしょうか。私はそうではないと考えます。業務として「世界」の品質を高める活動を行っている方もいます。誰でもできる、とは現状言い難いですが、訓練によって近づくことはできると思います。創作物における「世界」の品質を向上させるための活動だと私が思った例を以下に示します。

出版社の校閲は良い「世界」を創る上で重要な働きをしていると考えます。筆者が見逃してしまう表現に対して、矛盾が無いかを検査しています。

matome.naver.jp

  • Testing Live!!!

凄腕テストエンジニアとして知られている @____rina____ さんがPHPカンファレンス福岡2018で行ったセッション動画が公開されています。探索的テストという技法を用いて、「整合性」を保つテストの実演を見ることができます。彼女は「整合性」についてセッション内でも言及しており、少なくとも私は本記事の「世界」と同質だと考えています。

「Testing Live!!!」 フクダリナ - YouTube

  • 違和感のつかまえかた

同じく凄腕テストエンジニアとして知られる @miwa719 さんによる製品の違和感の扱い方が書かれた記事です。ソフトウェアテストアドベントカレンダー#2 24日目の記事です*9。ここでの違和感は、「規則」の矛盾/ノイズと同質だと私は考えています。微細な違和感に対する向き合い方は、良い「世界」の創り方に通じるものだと考えています。

miwa719.hatenablog.com

おわりに

「世界」というと大げさに聞こえるかもしれません。私たちが生活している「世界」が常にそこにあるように、「世界」はとても地味なものだと考えています。

ただ、私が優れた創作物に感じる共通点として、「まるでそうあることが自然であるかのように見える」ことが挙げられます。今回の「世界」の話は「自然であること」を掘り下げた内容となっています。

ドイツの美術史家、アビ・ヴァールブックのモットーとして「われわれは、おのれをそこに見出すところの自分の無知を探索し、打ち倒さなければならない。神は細部に宿りたまう」という言葉があります。創り手はまるで自分が神であるかのように創作物の細部にまで意図を込めることで、創作物の「世界」が姿を現すのだろうと想像しながら、この「技術ポエム」の結びとしたいと思います。

*1:ずっとこの記事を書いているので、びっくりするくらいクリスマス感がない

*2:Signal/Noise比、ノイズに対して信号がどれだけ大きいか

*3:本記事がそうではないかと戦々恐々しています。

*4:プレゼンテーションも創作物としています。演劇の亜種のようなもの

*5:語学として実用に足るものであったとしても

*6:競合製品と操作感を合わせる、とかも該当します

*7:これは思い付きで作った問題なので、あまりツッコまないよう願います

*8:ゾーン。スポーツ分野で特に語られる言葉です

*9:べ、別に前日にとても良い記事が挙がったから乗っかったわけじゃないし!