「本当の支援」を実現するための技術

大層なタイトルで始まっていますが、2017年度振り返りを兼ねた記事になります。
2017年度に読んだ本として最も印象に残った「支援学」とその関連技術についてまとめました。

はじめに

個人的に人を活かすための技術についてを調べたりするのが好きなのですが、体系だった分野ではないので人と話をする機会がありませんでした。しかし、勉強会の一環で人を活かす技術をワーク形式で紹介したところ、予想以上に好評をいただいたのでまとめて公開してみようかと思いました。

支援学

ここでの「支援学」は、エドガー・H・シャイン先生による以下の書籍で論じられているものを指します。

人を助けるとはどういうことか 本当の「協力関係」をつくる7つの原則

人を助けるとはどういうことか 本当の「協力関係」をつくる7つの原則

支援については、監修者による序文で述べられた以下の言葉が分かりやすいです。

ヘルピング──人の助けになる行為が、原著の書名だ。ヘルプは「支援」、ヘルピングは「支援行為」と本書では訳しているが、いちばんいい日常語は、「相手の役に立つこと」。そして相手にそう思ってもらえる行為がヘルピングである。

人を助けるとはどういうことか 本当の「協力関係」をつくる7つの原則

「相手の役に立つこと」。分かりやすいですね。

本当の支援

シャイン先生は別の書籍で「本当の支援」についても言及しています。

最初のたしかな支援とは、コンサルタントの手助けによって、クライアントが、問題となっている状況の本当の複雑さと厄介さを理解し、その場しのぎの対応や反射的な行動をやめられるようになることだ、と。そのうえで、適切なアダプティブ・ムーヴを展開し、本当の現実──コンサルタントとしてクライアントに目を向けてもらうようにすべき本当の現実──に対処することが、本物の支援なのである。

謙虚なコンサルティング――クライアントにとって「本当の支援」とは何か

書籍ではより具体的な内容についても記載されているので、ぜひ手に取ってみてください。私の理解として、本当の支援は「相手と自立/自律できるような手助けをすること」に言い換えられると考えます。

役に立つ支援のために

役に立つ支援を行うためには以下のようなことを意識する必要があります。

公式な支援をするには、支援者と「クライアント」──支援を受ける人々を私はこう呼ぶが──との間に、ある程度の「理解」と「信頼」がなければならない。

人を助けるとはどういうことか 本当の「協力関係」をつくる7つの原則
相手の理解

どんな支援が相手に役に立つかを知るためには、相手がどのような人間なのかを理解する必要があります。

支援者にとって「理解」が必要なのは、いつ支援を申し出ればいいか、助けを求められた場合はどうすれば役に立つかを知るためである。

人を助けるとはどういうことか 本当の「協力関係」をつくる7つの原則

相手が常に支援を必要としているわけではないし、支援が必要なのに周りに相談できない状況なのかもしれません。また、いざ相談を受けた場合に、相手が抱える問題に対してどのような支援が役に立つかを支援する側が知らなければなりません。何が相手にとって役に立つのかを知るために、相手を理解するプロセスが必要になります。

信頼関係の構築

相手が抱える真の問題を理解するためには、相手との信頼関係を築く必要があります。

クライアントにとって「信頼」が必要なのは、真の問題は何かを突きとめるためだ。そして、提供された支援を受け入れ、支援者との会話から生まれた解決策を実行するためである。

人を助けるとはどういうことか 本当の「協力関係」をつくる7つの原則

真の問題は相手の心の奥底に触れるものがほとんどです。迂闊にさらけ出したときに攻撃を受ける不安から、相手が真の問題を打ち明けられないことは容易に起こります。そのため、相手と信頼関係を築き、相手に「真の問題を打ち明けても危険がない」ことを理解してもらうプロセスが必要になります。

以下の構成

「本当の支援」を実現するためには、以下についてより深く理解する必要がありそうです。それぞれについて、私が個人的に重要だと思う技術/考え方について整理していきます。

  • 相手の理解
  • 信頼関係の構築
  • 支援の仕方

相手の理解

相手を理解するための考え方として、以下の3つについて言及します。

  • 相手の役割(ロール)を被る
  • 仮説検証

相手の役割(ロール)を被る

これは相手を理解するための考え方として私が勝手に名付けている手法です。近い手法として「ペルソナ分析」や「ロールプレイングゲーム」が挙げられます。

jasst-tohoku.hatenablog.com

speakerdeck.com

ペルソナ分析やロールプレイングでは、仮想の相手や理想像を被りますが、ここでは実在の相手の役割を被ります。

相手のことを考える際に良く起きる問題として「過度の期待」を持つことが挙げられます。「相手ならどう考えるか」では、自分が相手に抱く理想像ベースで考える傾向があると思います。そのため、想像した相手の考えが実際と大きくずれる傾向にあります。

「相手の役割を被る」では、相手の役割や環境を自分が持っていると想定して「自分ならどう考えるか」で考えます。「自分が相手に向けていた期待を自分が受けたらどのように感じるか」を評価できるため、相手に対する「過度の期待」を抑制します。このことから、自分の想像と実際の相手とのずれを小さくすることができます。

目的論:アドラー心理学

アドラー心理学の中心的な考え方の一つとして「目的論」というものがあります。

嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え

嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え

彼が「目的」に沿った行動をとっていることは間違いありません。彼にかぎった話ではなく、われわれはみな、なにかしらの「目的」に沿って生きている。それが目的論です。

嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え

「目的論」は「全ての感情や行動はある目的を達成するために生み出される」という考え方です。相手の行動が相手にとってどのような意味を持つかを考えることは、相手を理解することに大きく貢献します。相手が何を大事にしているかは直接話をしてくれない場合が多いです。目的論に基づいて相手の行動からその目的を想像することは、相手の人物像を構築するのに非常に役に立ちます。

仮説検証

相手の考えを想像することは、相手を理解するために欠かせないプロセスです。しかし、相手に対して想像を働かせるときの注意点として「実際の相手」と「自分の想像」が異なることが挙げられます。あくまで自分が想像する相手は「仮説」であることを常に頭に置いておく必要があります。

仮説思考 BCG流 問題発見・解決の発想法

仮説思考 BCG流 問題発見・解決の発想法

仮説検証は論文を書くときにも使われるプロセスですが、相手への理解を深めるプロセスとしても有用だと私は考えます。相手が自分の想像通りに動いてくれなかったときに、自分の考慮不足を相手の問題に置き換えてしまうことは良くある思考パターンです。自分の想像を「仮説」とすることで、相手が想像通りに動いてくれなかった時でも「仮説が誤っているから自分の想像を修正する」と健全な方向に向かいやすくなるように思います。

信頼関係の構築

信頼関係を構築するための考え方として、以下の3つについて言及します。

  • 謙虚に問いかける:支援学

心理的安全性

心理的安全性は社員の「生産性」を高めるための唯一の方法としてグーグルが2016年に公開し、有名になった言葉です。

gendai.ismedia.jp

www.nytimes.com

心理的安全性はエイミー・C・エドモンドソン先生による書籍が詳しいです。

心理的に安全な」というのは、人々が何か困ったことになるのではと不安に思うことなく自由に、関連する考えや感情を表現できる雰囲気のことだ。

チームが機能するとはどういうことか ― 「学習力」と「実行力」を高める実践アプローチ

心理的に安全な環境であれば、自分の意見を率直に話すことができ、問題を打ち明けても周りが受け入れてくれると信じることができます。支援を実現するうえで、相手が真の問題を打ち明けやすくなるように心理的に安全な環境を構築することを常に意識しておく必要があります。

心理的に安全な環境を構築するためには、話しかけやすい雰囲気を作ったり、支援する側も間違えることを積極的に示すことが有効とされます。特に「弱さ」を自分からさらけ出すことは有用だと感じます。

なぜ弱さを見せあえる組織が強いのか――すべての人が自己変革に取り組む「発達指向型組織」をつくる

なぜ弱さを見せあえる組織が強いのか――すべての人が自己変革に取り組む「発達指向型組織」をつくる

自分の弱さを隠すという「もう一つの仕事」に誰もが明け暮れている組織の状況を考えてみてほしい。経営者は、そのような仕事しかしていない人にフルタイムの給料を支払っている。しかも、弱点を隠している人は、その弱点を克服するチャンスも狭まる。その結果、組織は、その人の弱点が日々生み出すコストも負担し続けることになる。

なぜ弱さを見せあえる組織が強いのか――すべての人が自己変革に取り組む「発達指向型組織」をつくる

「真の問題を晒すことで自らの価値が低くなる」という不安は想像以上に大きく、私たちの「弱点を隠す」行為は真の問題に割くべき労力の大部分を占めることになります。支援する側として「弱点を晒しても問題がない」ということを自らの振る舞いで証明していく必要があります。

謙虚に問いかける:支援学

シャイン先生の「支援学」の中でも特に問いかける技術についてはこだわりを感じます。「謙虚に問いかける」ことは信頼関係構築の中軸となる技術といえます。

問いかける技術――確かな人間関係と優れた組織をつくる

問いかける技術――確かな人間関係と優れた組織をつくる

「謙虚に問いかける」は、相手の警戒心を解くことができる手法であり、自分では答えが見出せないことについて質問する技術であり、その人のことを理解したいという純粋な気持ちをもって関係を築いていくための流儀である。

問いかける技術――確かな人間関係と優れた組織をつくる

相手の話を聞く以上に支援をする側が相手へ話し過ぎる場合があります。これは自分の知識を伝えたい、という想いが先行するからこそ行動だと思います。しかし、支援に必要なのは、相手が抱える真の問題を、相手の言葉で理解することにあります。謙虚に問いかけることにより、相手に何が問題と感じているかを表現してもらいます。問題の感じ方は人によって差が大きいため、自分が想像していたことと相手の認識が異なることを、問いかけることによって気付くことは大いに起こります。また、相手が忌憚なく自身を表現をするためには、「聴き手がその話に関心がある」という意識を相手が持てることが重要になります。謙虚に問いかけることは、支援する側が相手に関心があることを伝える有力手となるため、信頼関係を構築するための強力な武器となります。

対等な関係:アドラー心理学

支援の難しさとして、支援を受ける側が支援する側と比べて一段低い立場になりやすいことが挙げられています。

感情的、社会的に見れば、支援を求めた場合、人は「一段低い位置」に身を置くことになる。これは次にすべきことがわからないとか、できないといった、一時的に地位や自信を失った状態だ。独立心が失われ、他人から助言を受けたり、癒されたり、面倒を見てもらったり、助け起こされたり、支えられたり、さらには仕えてもらうことまで入っている。

人を助けるとはどういうことか 本当の「協力関係」をつくる7つの原則

しかし、支援する側と支援を受ける側が自由な意見を言いあるような対等な関係であるべきです。本当の支援を実現するうえで目指すべきは上下(縦)ではなく対等(横)の関係です。

アドラー心理学ではあらゆる「縦の関係」を否定し、すべての対人関係を「横の関係」とすることを提唱しています。

嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え

「縦の関係」が支援をする上で避けるべき理由は「自分よりも能力の劣る相手を操作する」意図が含まれやすくなることです。例えば、誉める行為は「能力があるものから能力が劣るものに対する評価」となり、支援を受ける側に対して「自分には能力がない」という意識を生み出すことになります。支援をする側と支援を受ける側は対等であることを目指し、支援をする側は支援を受ける側を「評価」せず、純粋な言葉を相手に投げかける必要があります。

支援の仕方

支援そのものを支える技術として、以下の2つについて言及します。

  • アクティブラーニング
  • 問題分析

アクティブラーニング

支援を受ける側の学習として、支援する側が教えるのではなく、支援を受ける側が自身で考えた方が物事をより深く理解することができます。いわゆる「アクティブラーニング」が効果的だと考えられています。

自分の頭で考えて動く部下の育て方 上司1年生の教科書

自分の頭で考えて動く部下の育て方 上司1年生の教科書

私は物分かりが悪いのでよく「すみません、今のところをもう一度説明してください」と頼む。するとどういう言葉なら私に分かってもらえるか、考えたうえで説明しようとする。そのように能動的に取り組むと、理解も深まり、忘れなくなるものらしい。 受け身ではなく能動的、主体的、自発的になることが理解と記憶を深めるらしい。「教えない教え方、これはなかなかいいぞ」 本書の「自発的部下醸成方式*1」に気づいた瞬間だった。

自分の頭で考えて動く部下の育て方 上司1年生の教科書

支援する側は教えず、基本的に考えることは相手に一任します。支援する側は相手に対して問いかけを行うことで、相手がより深く物事を考慮できるように支援を行います。アクティブラーニングの難しいところは、相手が答えを教えてもらえない事にストレスを感じる場合があることです。アクティブラーニングによる支援は、支援をする側と受ける側が「対面」に立つのではなく、「問題に対して同じ方向を向いている」事を示す姿勢が重要になります。そのため、相手の意見を尊重し、もっと良くするために何ができるかを一緒に考えていく必要があります。

問題分析

人が抱える問題は単純ではなく、様々な問題が絡み合っていることがほとんどです。相手が抱える真の問題を、支援する側が直接解決できることはほとんどありません。しかし、複雑に絡まった問題を整理し、相手がどこに力を割くべきかを知るための助力を行うことは可能です。

問題を分析する手法として世界的に知られているものの一つにTOC*2の思考プロセスがあります。

ザ・ゴール コミック版

ザ・ゴール コミック版

また、個人的にはSaPIDという手法を用いることが多いです。TOC思考プロセルと比べて柔軟性があり、多くの状況に対応しやすいことが理由です。

問題を分析して見える化することで、問題同士の関係が整理できることが利点として挙げられます。それ以上に、問題を整理することで元々「真の問題」と思っていたことよりも、より重要な問題に気づける場合があります。現状の整理と今後の行動を決めるために、問題分析手法を用いたサポートは相手が前進する極めて大きな助けとなります。

おわりに

現時点の私が考える「本当の支援」とそれを実現するための技術/考え方をまとめてみました。良いものを作るためには専門的な技術も必要ですが、それ以上に人とどのような関係を築くかが重要だと考えます。私が関わる全ての人が前を向いて進めるような支援ができるように、自分にどのようなことができるのかはまだまだ考えて実践していきたいと思います。2017年で築いた自分の考えを晒すことで2018年はいろんな人と人を活かす考え方について色々話ができればいいな、と期待をもって2017年のまとめとしたいと思います。良いお年を!

*1:私はアクティブラーニングとほぼ同質と理解しています

*2:Theory Of Constraints.制約理論